囲碁の歴史64

  • 2020.07.28 Tuesday
  • 13:15

皆さま😃こんにちは。



梅雨明けの気配がやっと見えてきましたね。

そろりと外に出掛けてみようかと思います。



久しぶりの歴史話しの続きです。

井上家十一世 幻庵因碩の続きです。



本因坊丈和との名人碁所騒動、『天保の内訌』の所から。

少し整理しましょう。



結局のところ幕府の裁定により、本因坊丈和と安井知得の間で、

争碁を行うことになります。そして知得高齢の為、不慮の事態で

争碁継続不能となった場合、幻庵因碩が引き継ぐことになっています。



但し争碁開始は『数年内』となっています。

ここは少々不思議なところ。



そしてこの『数年内』の部分を、上手く使った棋士がいます。

それは…林元美です。



林元美は本因坊丈和を応援しています。

但し思惑あり。



丈和が名人碁所に就位した暁には、自身の八段上手に推挙する約定

を交わしています。因みにこの約定が後に丈和の『瑕疵』となります。



争碁になってしまうと、林元美の八段昇進も立ち消えとなる

可能性が高くなります。



だったら実力で…となりますが。

八段上手には安井知得、幻庵因碩がいます。

時代が悪いですね。



そこで考えた林元美。水戸出身である事を巧みに使います。

一説には水戸藩主、徳川斉昭に働きかけたと言われています。



結果、林元美の働きにより、幕府より突然の沙汰がおり、争碁は

行われず本因坊丈和が名人碁所に就位することになります。



突然の沙汰だった…と言われています。



幻庵因碩も驚いたでしょうね。恐らく争碁は一局目を知得が打ち、

その後を引き継ぐ形となった事でしょう。一世一代の勝負の場が

突然、霧消してしまいました。



幻庵因碩にとっては生涯の痛恨事。

そして本因坊丈和も微妙なところ。

争碁を打つ決心と覚悟をしていたと思われます。



やはり幻庵因碩との決戦を避けて、名人碁所に

『確実に』就位するのは難しい。と、同時に

ワクワクした気持ちもあったはずです。



幻庵因碩と本因坊丈和、幻の争碁。

後世の我々にとっても残念な出来事です。



本因坊丈和が名人碁所に就位した為、幻庵因碩は公式の場で

丈和と対局する事は事実上不可能となりました。



幻庵因碩の向かうべき先は?

戦うべき相手は?

大きな目標、本因坊丈和を失いました。



でも、天は幻庵因碩を見捨てません。

幻庵には次のステージが用意されていました。



本因坊秀和との角錐です。



今日はこの辺で。

続きはまた。



(読み物としてお楽しみ頂けたら嬉しい😆です。)

ご報告

  • 2020.07.25 Saturday
  • 11:41

皆さま😃こんにちは



長梅雨ですね〜

テニスが出来なくて、ちょっとだけ運動不足です。



今ある企画に携わっています。

まだ詳細はご報告出来ないのですが、近々ご報告出来る

予定です。



どうぞお楽しみに?お待ち下さい。



教室の御案内

  • 2020.07.21 Tuesday
  • 11:22

皆さま😃こんにちは



なかなか梅雨が明けないですね。

湿気に弱い体質です。



今日は教室のご案内です。

毎週水曜日、市ヶ谷日本棋院で教室を行なっています。



時間は13時から15時30分まで。

初段を目指そう!がコンセプトです。



初段の実力と共に更なる棋力アップの為の、

『基礎力』も付ける事を視野に入れて講義しています。



具体的には考え方、プロセスを大切にしています。

どんなイメージで考えるのか?

なぜ、そこに打つ事を思いつくのか?

などなど。



正解をピンポイントでお答えすることも出来ます。

が、実戦で大切なのは着手決めるまでの『プロセス』だと

思います。



楽しい考え方のプロセスを身に付けて、自分の碁を作り上げて行きましょう。



まずは体験してみて下さい。

お会い出来るのを楽しみにしています。

囲碁の歴史 63

  • 2020.07.06 Monday
  • 13:57

皆さま😃こんにちは。



お久しぶりです。

忘れていた訳ではありません。

途中で諦めた訳でもありません。

飽きた訳でもありません。



十一世 幻庵因碩の続きですね。

覚えていますか?



幻庵因碩は26歳、七段上手に進みました。

同時に本因坊丈和は、八段 準名人になっています。



この当時、八段準名人には安井知得唯1人。

本因坊元丈は隠居しています。



常識的に考えれば、安井知得が名人碁所になっていても

不思議はないのですが…この時点で名人碁所は空位となっています。



従って二人の準名人、知得と丈和のいずれが名人碁所に

就位するのか?が焦点となるのは明白です。

幕府から詮議の沙汰が降りるかもしれません。



そして安井知得は名人碁所に、就位する気は無さそうです。

そうなると…然るべき時期が来れば、本因坊丈和が名人碁所に

就位するであろう事は自明の理。



久しぶりですので、一度整理整頓。

そんな頃のお話です。



名人碁所は就位すると、『お止め碁』となり御城碁には

出仕しなくなります。将軍指南役となるのが、主な理由です。

(将軍の上意があった場合、対局に従う必要があります。)



幻庵因碩にとって、最大のライバルであり、最高の目標の

本因坊丈和。もし、丈和が名人碁所になれば、二度と対局は

出来ない事になります。



でも、本因坊丈和が名人碁所になる流れを、止めることは

不可能と思われます。



斯くなる上は、幻庵因碩自身が丈和の前に立ち塞がる…

そうすれば、正式な場での対局が実現するかもしれません。

その為にはまず、因碩は丈和と『同じ立場』に立つ必要があります。



因碩 八段準名人になれば、丈和と名人碁所賭けた

争碁となります。



こうして始まる、『天保内訌』。

時系列は既にご紹介しましたので、ここでは割愛します。



幻庵因碩は名人碁所に就位したかった…と言われています。

なぜ名人碁所に、こだわったのでしょうか。



ここからはいつもの妄想です。



幻庵因碩は本因坊丈和と、互先で戦った事がありません。

二人の年齢差が11歳。この差は大きい。

たまたま丈和が晩成型、因碩は早熟型で勝負できる時期が

重なった…。



幻庵因碩にしてみれば、互先で打てる力が付いてきた時に

相手は『お止め碁』となり、二度と公式には対局出来なくなるかもしれない。



幻庵因碩は、寂しかったのではないでしょうか。

生涯のライバルなど、そうそう出会えるものではありません。



とにかく、本因坊丈和と互先で真剣勝負=争碁をする為には

どうしたら良いのか?その一念が、幻庵因碩の行動理念

だったのではないでしょうか。



対局実現の為には、自らの行動が後世にどう評価されようが

一切気にしない…そんな覚悟が伺えます。



しかしそんな幻庵因碩の『想い』も、現実には

届く事なく時は前に進んで行ってしまいます。



今日はこの辺で。

続きはまた。


(読み物としてお楽しみ頂けたら嬉しい😆です。)


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