プロの棋士になってはじめて勝利を挙げたのは、今から23年前。19才の4月。
大手会いで当時三段の方に、黒番中押し勝ちでした。
プロデビューをして第一戦目。初戦勝利の瞬間でもありました。
そのこともさておき、この世界に入り、まず「一勝」を挙げられたことに、
だいぶホッとしたことを覚えています。
そして今年の夏。
再びの「初勝利」を味わうことが出来ました。それはテニスです。
猛暑が延々と続く中、電車を乗り継いで1時間ほどかかる試合会場へ。
テニスのシングルストーナメント、超ビギナークラス大会です。
これが二度目の参加となります。
ただし先回の試合出場、記念すべき第一回目は開催人数に足りず、
体育会系出身の若い方と主催者であるテニスコーチとの、
いわば住む世界が違う方々との、半ば気絶した状態での試合で終わった次第。
というわけで、この第二回目のトーナメント出場が、
同じような手合いの方々との対戦という意味で、実質初めての試合参加となりました。
この猛暑の中、総勢8名の方が出場。
まずは4名ずつのAリーグとBリーグに分かれ、
それぞれのリーグで、各人3試合ずつ行うことになります。
私は抽選の結果、Bリーグの3番目に名前を記入。
3試合目の出番です。コートが2面あるので、どちらか先に空いた方で試合となります。
待つこと30分弱程度でしょうか? 緊張していたのでよく覚えていないのですが、
すぐに出番が来たような気がしました。
対戦相手の方と軽く挨拶を交わし、サーブを両サイド×2本のアップ練習後、試合開始です。
なにより積極的に!・・・と考え、自分のサーブからのスタートを選択しました。
この積極性が功を奏したのか? まずはサービスゲームをキープ。
相手の方はどうやら、私とほぼ同じ試合経験&実力なのかな? と感じました。
セカンドゲームは相手側からのサービス。
なんと、このゲームをブレイクし、2−0の優勢となりました。
上々の出だし!だったのですが・・・。
過ぎたるは及ばざるがごとし。
猫に小判。
赤まきがみ青まきがみ黄まきがみ。
「勝てるかも」という気持ちが一瞬よぎってしまったのか、なにがどうなのか、
今となってもよくわからないのですが、
一球のボールを、ただただ無心で打ち返すだけだったビギナーテニスが、
たちまち欲まみれとなり、邪心なショットが炸裂しはじめます。
2−0で迎えた私のサービスゲーム、サーブが全く入らなくなり、
今度はブレイクされて2−1となります。
この後さらに流れが変わり、一気に2−3と相手がまくり、逆転される展開に。
「まあこんなもんだろうな。せめてもう1ゲーム取れるように頑張ろう」と、
積極的に開き直るしかありませんでした。
しかし、ふと相手の方を見ると、どうやら今度は相手の方に
「勝てるかもしれない病」(妻命名)が伝染したようです。
表情があきらかにこわばり、ショットの調子も変化してきました。
ここから勝敗の流れは、互いに調子がおかしくなった二人の間を、
右へ左へと行ったり来たり。実に細かいシーソーゲームを繰り広げます。
私がなんとか必死にブレイクして3−3としたら、
今度は相手からブレイクされて3−4となり、
再びこちらからブレイクをして4−4に追いつきました。
リーグ戦は6ゲーム先取。先に6ゲームを獲得した方が勝ちとなります。
泣いても笑っても残り2ゲーム、どちらが先に奪い取るか。
ここで私のサービスゲームを迎えました。
ファーストサーブをフラットでどかんと打ち込むのをやめて、
サーブを2本とも、より安全なセカンドサーブに切り替える作戦を決行。
とにかくコートに入れ!入れ!と念じながら打ちました。
なんとかキープに成功、5−4と先行したところで、自分なりに王手をかけました。
その日の試合のルールでは、5−5になった時はタイブレークを行わず、
もう1ゲーム行って、そのゲームを取った方を即勝ちとする方式でした。
だから次のゲームを取られて、5−5になるなんてとんでもない・・・
そんなことになった日にはもう「ガクガクぶるぶる」の最終ゲーム。
その緊張感が自分を苛むプレッシャーの強烈さを思うと、どんな手を使っても回避したい。
そして、勝負の第10ゲームが始まりました。
王手をかける!とかっこよく決意したわりに、内容はさっぱり覚えていません。
気がついたら30ー40のカウントになっていました。
自分がリターン側なので、あと一つとれば勝ちのマッチポイントです。
相手の方がファーストサーブをミス、セカンドサーブの体勢に入ります。
この時ふと我に返りました。
このポイント取れば、勝てる・・・のか?
相手がサーブをミスして、ダブルフォルトとなっても勝てるのか?
いやいやいや、そんなよこしまなことを考えたら、
サーブが入ったときに、自分のリターンを絶対にミスするだろう〜
サーブが入ると思って、しっかりと振り抜く心づもりでいこう・・・
いやいやいや、そんなことを考えたら、今度は力が入りすぎてミスをしそうだ。
ふと気がつくと、相手の方がサーブを打っています。
「がさっ」と音がしたと思ったら、ボールがネットを越えず、
相手の方のサーブのダブルフォルトで試合終了でした。辛勝です。
なんであれ。どうであれ、記念すべき初勝利となりました。
棋士デビュー戦以来の「初勝利」、奇しくも初試合初勝利まで同じでした。
嬉しい気持ちと共に、疲れがどっと押し寄せてきました。
どんだけ緊張していたのでしょうね。
「勝負ごとのプロだから、テニスの試合もぜんぜん緊張しないでしょう?」
と、よく言われるのですが、まったくそんなことはないですね。
試合の前の日はお腹が痛くなったり、夜もうなされたりします。
でもこの緊張感は、嫌いじゃない。むしろ好きかもしれません。
機会があれば、また試合に挑戦します!